『ヘボン博士邸跡』の碑

「ヘボン博士邸跡」の碑です。

A photo posted by 横浜中華街 福養軒(三代目) (@fukuyoken3daime) on

山下公園の元町側の端に人形の家があるのですが、その人形の家の一つ中華街側の奥に入ったところにある横浜第二合同庁舎の敷地内にこの碑があります。
「へボン博士は一八五九年十月十八日北米合衆国より渡来横濱居留地最初の居住者の一人にしてこの地に施療傳道所を設け歐米醫術を導入する傍らへボン式ローマ宇による和英語林集成の編纂新旧譯聖書の翻譯など日本文化の開拓に力盡せり なほ指路教會及び明治學院の創始者なり 」と碑文にあります。
また、その横に案内板もあり、「開港とともに来日した宣教師の一人で神奈川成仏寺に3年仮寓、文久2年(1862)冬横浜居留地39番に移転、幕末明治初期の日本文化の開拓に力をつくした。聖書の翻訳、和英辞典のへんさん、 医術の普及などがそれである。昭和24年 (1949) 10月記念碑が邸跡に建てられた。」ともあります。

カテゴリー: 三代目の一言, 横浜『碑』巡り
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