『横浜天主堂跡』の碑

「横浜天主堂跡」の碑っす!

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みなとみらい線元町・中華街駅の2番出口(山下町口)を出て中華街とは反対側(出口の裏側)の奥にこの碑はあります。

碑文には「 我が国が開国して間もない文久2年(1862年)キリシタン追害以来絶えて久しかった天主堂がこの地に創建され、 キリストの聖心に献げられた。 これは近代日本最初の教会であり、現在の山手カトリック教会の前身をなすものである。
このたび天主堂創建百年にあたり、 ここに聖心のキリスト像を建てて、 永くこの遺跡を記念する次第である。」とあります。

 1859(安政6)年の開港とともに、日本への布教のため次々と日本に来航した宣教師の一人、ムニク神父を監督として教会堂が建設されたとの事です。この時建設された教会堂・横浜天主堂は、開港後の日本にはじめて誕生したキリスト教会堂とされています。

横浜天主堂は瓦葺きの一見伝統的な日本家屋風であるが、側面には、オジーアーチ(反転曲線をもつアーチ)を用いた縦長の窓がならび、また奥の内陣部分が半円形に飛び出すなど、従来の日本建築にはない要素が入り込んでいる建物でした。堂内は、列柱によって中央の身廊部と左右の側廊部に分かれており、ヴォールト天井(カマボコ型の曲面天井)が架かっている。また正面には起り(むくり:上に丸くなった曲線)屋根をもった和風の玄関がついており、全体としては、和風とも洋風ともつかない風変わりな建物であったようです。

きっと監督の要求するものと当時の建築技術で実現出来るところと出来ないところなどを総合した結果なんでしょうかね。

和風とも洋風ともつかない風変わりな建物。。。

ちょっと見てみたい気がします。

カテゴリー: 三代目の一言, 横浜『碑』巡り
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