『我国塗装発祥之地記念碑』の碑

『西洋式塗装発祥の地』の碑ですって!こんなとこにこんな碑が!初めて知った!

A photo posted by fukuyoken (@fukuyoken3daime) on

元町商店街から代官坂に入り元町プールを目指します。元町プールの目の前、少しさがったところの公園内にこの碑はあります。

碑文は磨耗しており一部読み取る事が難しい状況ですが、こうあります。
「本邦に於ける近代塗装事業の由来を尋ねるに、嘉永6年2月米艦来航に際し、米国使節接見の為神奈川宿に交易談判所を急設してこれに洋風塗装を施工した事に始まる。幕府はこの工事を江戸の住人渋塗職、町田辰五郎に命じた、命を受けた彼にとつて洋風はまつたく最初の試練であつた、彼は苦心の研究の在来の色の糊粉に桐又わ荘の油をもつて艶出しを施したが成果ははなはだ予期に反した、此に於いて人を介し資材を米艦にめ、塗りかたを外人職工に学びついに同年5月6日邦人初のペンキ塗装を完成した、彼はその功により資材買い入れの特権を与えられ、居を横浜大田屋新田に移し鋭意精励外国館や貿易商社等の塗装に貢献する事多大であつた、洋館建設の増大に伴い同業者は横浜を中心として全国各地に輩出しこの業界は急速に進歩を遂げたが多くは彼の系統につながるものである、現在我が国の塗装界の情勢は各種の建築物をはじめ調度装飾にいたるまで隆盛を極めた。当業界の先輩達の業績を讃えここに顕彰碑を建てる。」

この場所で近代塗装業が始まったという事ではなく横浜で近代塗装業が始まった事を記念した碑という事のようですね。

何もノウハウが無い状況で対応しなくてはならなかった先達の苦労は想像を絶するものだったのだろうと思います。また、特権を与えられたにも関わらずそれを後進に惜しげもなく伝え、塗装業の発展に寄与した英断は賞賛されるべきものなのだとも思います。

碑そのものは長細く個性的な形状をしていますが、公園の端の遊具があるスペースの隅にある状況なのはちょっと可哀想な気もします。

カテゴリー: 横浜『碑』巡り
最近のコメント